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上市町「千石の民話」

 今となっては昔の物語
越中は上市の郷、上市川の上流にいくつかの名もない小さな部落があった。
このいくつかの部落の中に親娘三人幸せに暮らしている家族があった。
生活できるだけの収穫と山菜取り、わら縄つくりが生活を支えていた。
貧乏ではあったが家族は明るくそれなりに幸せな家庭であった。

ある日、風邪をこじらせた母は看病の甲斐もなく、なくなってしまった。
山奥のため富山の城下からは医者も来ず、薬草だけでは何の力にもならなかった。
父もあまり体が丈夫なほうではなかったが一生懸命働いた。
娘も父と一緒に母親の分まで働いた。

そのうちに近在の人の薦めもあって父に後添いがきた。
やがて娘は姉となった。義母は妹の世話にかかりきり、姉はあいも変わらずよく働いた。

そんな冬のある日、木を切りに行った父がなだれに会い、とうとう帰らぬ人となってしまった。
義母と娘そして義理の妹の三人。
今までも娘に対して優しくなかった義母は、まして冷たくあたるようになった。

娘は年頃になったが、相変わらず朝早くから暗くなるまで畑に出て働いた。
手は男のように荒れ、顔は日に焼けて黒かった。
それでもだれに聞いたのか、よく働く娘がいるとうわさを聞いて、この地区の庄屋様から家の息子の嫁にと姉に縁談が舞い込んだ。
しかし義母は今、娘がいなくなると働き手がなくなると考え、「姉のほうは色が黒いし、怠け癖のある娘です。とても庄屋様の嫁御になどなれる娘ではありません。
それより妹のほうが色は白いし良く働きます。もう少し待っていただければ年頃になります。それまでお待ちください。」とお願いした。
庄屋は「姉のほうがよく働くとうわさを聞いていた。農家には器量より働く嫁のほうが良い。息子も私と同じことを言っている。はてどうしたものやら」と思案した。
結果、あることを思いついた。それは大豆を義母に渡して
「ここに大豆が10粒ある。これを二人の娘に5個ずつ与え、育てるようにいいなさい。たくさん収穫したほうを嫁として迎えましょう。」

同じく大豆を植えても姉のほうが農業になれているので収穫が多いのは目に見えていた。
そこで義母は一計を考え、姉娘のほうには大豆を鉄なべで炒って真っ黒になった豆を与えた。そして妹のほうはそのまま与えた。

春になって二人は大豆を植えた。姉は何も聞かされないまま大豆を畑にまいた。
炒った大豆は芽が出るわけがなかったが、神はそれを見逃さなかった。
秋になって収穫のころには姉には一株あたり1千石(1石は1800リットル)もの豆を実らせた。
そして妹のほうには一粒の豆も実らせなかった。

といったわけで、姉娘はめでたく庄屋の家へ嫁ぐことが出来た。
それ以来この部落は毎年豊作が続いた。村の人は娘を神様として祭り、神社を建てた。
豆の殻を部落のはずれに積み上げてとうとう山ができた。
人はこの山を豆山と呼んだ。そして誰言うとなくこの地区を千石と呼ぶようになったという。

今ではこの部落はダムの湖底に沈んでしまって村人もちりぢりとなり、この伝説を語り継ぐ人もいなくなった。
高台に移築された神社と村のはずれにある豆山だけが往時を知る手がかりである。

by エコロ爺

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